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北の峰ラベンダー園看板の謎・中

公開日: : 各地の発祥の地

唯一の手がかりである小林卯三郎氏の寄稿文をお送りいただけたことで、謎が解明されるかもしれません。その内容を紹介しながら真相に迫ります。


お送りいただいた小冊子『洋種ハッカに青春をかけた小林卯三郎』の目次部分。

このタイトルを読むと、ラベンダーとの関連を密かに匂わせます。洋種ハッカすなわちミントはラベンダーと同じシソ科のハーブとして、北海道でも栽培されていた歴史があります。なんらかの手がかりが得られるかもと期待が膨らむと同時に、単にラベンダーとミントを履き違えただけのような気がしないでもありません。

これまでの富良野のラベンダー栽培史と照らし合わせて、白でも黒でもいいのですが、わずかな手がかりでも得られれば調べた甲斐があるというものです。

ご本人の寄稿をもとに編集された「ハッカ事業と私」を見ていく前に、関連する年表から。

  • 1903(明治36)年:東京神田生まれ
  • 1925(大正14)年:東京外国語学校スペイン語部卒、北海道へ牧畜実習
  • 1927(昭和2)年:デンマークへ留学
  • 1932(昭和7)年:イギリスよりハッカ苗を輸入し、北海道日高地方で試作増殖を重ね産業化に成功
  • 1942(昭和17)年:軍部の命令で大減反を迫られハッカ栽培事業を中断

戦後はこのハッカ事業を再開することなく、ライオン株式会社の発展に寄与されたようです。曽田香料さんがラベンダーの種をフランスから持ち帰ったのが1937(昭和12)年ですから、仮にハッカ苗の輸入時にラベンダー苗も輸入していたなら、こちらの方が5年早かったことになります。では「ハッカ事業と私」を見ていくことにします。

外国語学校卒業後、北海道行きを決意。練乳会社で働いた後牧場研修。当時道内でデンマーク農業を推し進めていたこともあり、デンマークへ留学。デンマーク滞在中に洋種ハッカの勉強をし、帰国後栽培を試みることに。

フランスの有力香料会社でライオンも取引していたマン・フィス社を訪ねて教えを乞うたり、フランスの香料指導書の勉強もしました。

渡仏した事実はあったようですが、ラベンダーへの言及は一切ありません。

今まで輸入にのみ頼っていた洋種ハッカ油を国内で生産したいと考えたのです。(中略)評判の高い英国のミッチャム種を輸入し、栽培を試みることにしたのです。

ミッチャム種とは数あるミントのうちペパーミントを指すようです。

昭和七年春、かねて英国に発注しておいたミッチャム種の苗(種根という)が到着しましたので、和種ハッカの主産地が北見地方であることから日高地方を選び試作することにしました。

イギリスからペパーミントが日高地方へということが確認できます。フランスからラベンダーが富良野地方へという記述は一切どこにもありません。

三十日以上かかるインド洋経由の海路輸送では、その途上種根は一部腐り

二反の植え付け予定が一反七畝(15%減)となったそうです。ミントはご存知のとおり生命力・繁殖力はラベンダーの比ではなく、根で横に増えます。アップルほどではありませんがペパーもかなり強い部類に入ります。札幌琴似から上富良野までラベンダーを移送しただけで「時間がかかり過ぎて(ラベンダーの由来・上富良野町郷土を探る第9号)」初年は失敗しています。三十日かけてラベンダーの苗(ラベンダーには種根はない)を輸送するのは、間違いなく不可能だと断言できます。

私のハッカ事業は全て日高地方で行いましたので、北見の家庭学校での栽培は唯一の例外でした。

仮に富良野市麓郷でラベンダーを栽培したとしたら、同時にハッカも栽培されていたでしょうし、逆に日高地方でのラベンダー栽培もありえるでしょう。しかしいずれのケースも確認できませんでした。

試作開始より十年を経過した(昭和)十七年には作付面積も実に四〇〇町歩以上に達し、(中略)企業として成功を見たのです。ところが戦局はいよいよ苛烈を極めるようになり、同年ついに軍部の意向でハッカは不要不急作物と認定され、北見地方の一般和種ハッカとともに大減反を命ぜられたのです。

したがってこのハッカ事業は、戦争によって中断され戦後には再開されませんでした。「科学香料の開発により栽培が縮小された」わけではありません。

この小冊子には、ラベンダーおよび富良野市麓郷の言及は一切ありませんでした。ライオン担当者様と同じく、私も小林氏とラベンダーのつながりを見つけることはできませんでした。次回もう一度北の峰に書かれた看板の内容を吟味し、当ブログでの結論を導きたいと思います。

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